ホワイトスター社のライバルはキュナードであった。キュナードは大西洋を7日間で渡れる24.5ノット、3万トンの高速客船を2隻建造し、1907年から運航を開始した。「ルシタニア」と「モーリタニア」である。しかしこの2隻はスピード第一で、細く高い船型。安全面で無理があった。ホワイトスター社はまともに速度競争するのは止めて、速度も21ノットとし、そのかわり安全で快適な豪華客船を造った。4万5000トンの「オリンピック」と「タイタニック」てある。ホワイトスター社はその頃アメリカのモルガン財閥に所有されていて、建造船にもアメリカの思想が反映されていた。アメリカの乗用車のような、広くゆったりした乗物。オリンピック型は29基ものボイラーを持っていたが、煙突は3本で良かった。しかしルシタニアと対抗してダミーの煙突を1本加え、同じ4本煙突船となった。まず「オリンピック」が1911年に完成し、大西洋横断航海を開始した。乗り心地は大好評で、揺れも少ない。第2船の「タイタニック」は1912年に完成したが、処女航海で遭難してしまった。構造の欠陥ではなく、操船ミスであった。救命ボートが少なかったと言われるが、それは当時の通常。そこで第3船の「ブリタニック」は安全面に大幅な改良を加えて、1914年に完成したが、ちょうど第一次大戦中で、地中海で失われた。「オリンピック」は救命ボートを増やして安全面を改良し、第一次大戦を生き延びて、1937年まで29年間の長寿を全うしているから、決して欠陥船ではなかった。
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